片岡球子は1905(明治38)年北海道札幌市の富裕な商家に生まれました。地元札幌の高等女学校師範科に在学中に画家になることを決意し、卒業後単身上京して女子美術専門学校(現女子美術大学)を卒業しました。その後は小学校教員を続けながらの画家修業となりますが、初入選後は展覧会に落選を重ね、苦しい状況が続きました。ゲテモノとまで言われながらも自分のスタイルを崩すことのなかった片岡がようやく院展本展に入選して会友に推されたのは7年目、院展同人となったのは実に22年目のことでした。



▲ 片岡球子展 「面構え 北斎と富士」

 人物描写に関心を寄せる片岡は医師、僧侶、行者など独特の個性を持った人間を描きましたが、歌舞伎役者の描写を経て、終生の画題となった「面構」のシリーズに至ります。 「面構」は歴史上の大人物を現代によみがえらせるという試みでしたが、中でも浮世絵師を描く作品は、同じ画家として彼らの生き様と画業に対するオマージュともいえるものでした。
また同時期に開始された火山の連作は富士の連作へとつながり、抽象、具象の境界を超えた大地のエネルギー表現として、片岡芸術の一方の集大成となる連作となりました。
今回は院展出品作の「面構」シリーズを中心に、富士を描いた連作を配し、他の作品とともに片岡芸術の広がりをお楽しみいただきます。



 江里佐代子は昭和20年、京都の刺繍家の家に生まれました。学生時代は日本画、染色などを学びましたが、仏師の江里康慧と結婚後は、夫の作る仏像を荘厳する截金の技法の習得に励みました。
 截金は、純金箔を数枚焼き合わせたものを鹿皮の盤上で竹の刀で細く切り、それを筆先につけて貼りながら文様を描き出す技法で、6世紀に仏教とともに大陸から伝えられました。

 
▲ 江里佐代子展 「まり香盒」

 その後13世紀頃には他の仏教美術とともに頂点を極めますが、次第に仏教美術の凋落、金泥技法の出現などで截金は衰退し、その名称すら忘れられ少数の截金師により伝承されて来ました。
 仏像荘厳のために截金の技をひたすら追求した江里佐代子は、平成14年、57歳の若さで重要無形文化財「截金」保持者(人間国宝)として認定を受けましたが、その伝統技法を多くの人々に知ってもらおうと身近な工芸作品に截金を施す活動も行いました。そして茶道具、筥、衝立をはじめとして、平成17年には京都迎賓館の建築壁面装飾まで手がけることとなりました。
平成19年秋、日本文化を紹介するためイギリス大英博物館で実技と講演を行った江里佐代子は夫と二人で立ち寄ったフランス・アミアンの地でたおれ、帰らぬ人となりました。享年62歳でした。

本展覧会は当館所蔵の江里作品と平安仏所に残された作品を一堂に展示し、早世の芸術家の業績をたどります。

1945(昭和20)年 京都に生まれる。
1964(昭和39)年 京都市立日吉ケ丘高校美術課程日本画科卒業。
1966(昭和41)年 成安女子短期大学意匠科染色コース卒業。
1978(昭和53)年 北村起祥師に師事、伝統截金の手ほどきを受ける。
1981(昭和56)年 アメリカ サンタフエにて「截金展」。
1982(昭和57)年 東京銀座 和光ホールにて第1回「江里佐代子截金展」。以後7回開催。
1994(平成6)年 正倉院御物「漆彩絵花形皿」復元制作参加。
2002(平成14)年 重要無形文化財「截金」保持者(人間国宝)認定
2005(平成17)年 「金箔のあやなす彩りとロマン―人間国宝 江里佐代子 截金の世界―」五会場巡回展。紫綬褒章受章。京都迎賓館内部装飾制作に参加。
2006(平成18)年 京都市文化功労賞受賞。
2007(平成19)年 (財)仏教伝道協会より第41回仏教伝道文化賞受賞 。
「現代日本のわざと美(大英博物館)」にて截金の実技と講演。
10月3日 アミアン市(仏)にて急逝。享年62歳。旭日小綬章受章。

 
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